遂に運命の日が。。。ここからがスタート

こんばんは。

ヤギ平です。

 

昨日7月7日、僕の会社で定期の移動発表がありました。

ここで僕たちの次なるスタートが始まる第一歩になります。

 

今日は少し思い出話になります。

 

以前にも書きましたが僕は現在証券会社で営業をしております。

入社して9年3ヶ月、お客様の資産を管理させて頂く業務に勤しんでいました。

 

入社したのは2008年。

生え抜きで配属されたのが東京の五反田。

当時の思い出は入社してすぐに同期の生え抜き社員と一緒に関西弁を標準語に直せと指示されたこと。

今では仕事中やお客様との会話のなかでも関西弁を話しますが、当時はオフの時にしか使えませんでした。

 

今のようなご時世ではパワハラだとか人格否定だとか言われるかもしれません。

ただ当時、指示してくださった方(ヤギ)はしっかりと理由も教えてくださったので、僕たちはそういう想いは持ちませんでした。

その理由というのは、東京という土地で働くにあたって関西弁がマイナスになるかもしれないということ。

 

「いやいや、それはないでしょ」

と言われることもあります。

 

ただ大学を卒業したばかりの何も分からない若ヤギが、資産管理のアドバイスという業務に携わるときに入り口でマイナス印象を与える可能性は排除したいという先輩ヤギの心遣いだったのです。

東京で働く際、標準語を話せばその可能性を少しでも減らせる。

もし東京で関西弁を好まない方がお客様になる場合、顧客開拓のチャンスを逃すかもしれません。

 

もちろんお客様との関係性が出来てきたなかで関西出身だと分かったりすると、完成便を使うことも円滑なコミュニケーションになります。

そういう時は使いますが、上の理由をしっかりと示した上での指示だったので「なるほど」と思い慣れない標準語を使って営業していました。

 

入社してすぐにそのような指示を受けて、

「世間で言われるようなとんでもない会社じゃないな。むしろこちらのことを心から想ってくださるヤギが多い会社なんだ」

感じたのが第一印象です。

 

 

この印象を忘れ去るほど日々の営業は大変でしたw

ただ今でも魅力的な先輩・後輩が多い会社だという想いは変わっていません。

 

まだこの会社の社員なので多くは語りませんが、

この会社での生活も残りわずかとなります。

7月7日、金曜日に辞令発表で僕の後任のヤギさんも決まりました。

来週月曜日から早速引継ぎをさせてもらって、お客様を託します。

月曜日に後任さんと会うので、どういうヤギさんなのだろうかと心配しています。

今のお客様との付き合いも1年半ほどで、やっとこさお互いの気心が知れてきたところです。

 

 

今までこの会社でお世話になった方々、お客様。

本当にありがとうございます。

 

独立することを心に決めたのは2016年7月7日。

奇しくも2017年の同じ日、7月7日に辞令発表がありました。

「偶然」にしては出来過ぎている気がします。

 

なのでこれを「運命」に変えられるように、

ヤギゑさん、ヤギ子ちゃんと一緒に力を合わせて前に進んでいきます。

皆様、これからもヤギ一家をどうぞよろしくお願いします。

 

ヤギ平